宗教がいかに進化してきたのかを科学的に説明する(ふたたび)

今日の飲み会俎上予定ネタ.かなり粗いメモだけれども.

Norenzayan, A., & Shariff, A. F. (2008). The Origin and Evolution of Religious Prosociality. Science, 322(5898), 58-62.

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・科学によって宗教をどのように説明することができるだろうか
・Ara NorenzayanとAzim Shariffは,人類学,社会学実験心理学および実験経済学の要素を結びつけて本論文でreview
・宗教的思考は不正行為を減少させ,見知らぬ者同士の信頼を強める
・あるひとつの文化内における道徳的な神の存在は,集団規模が大きさと関係がある
・仲間集団内で良い社会的評判を維持する必要に迫られたときに,宗教と社会志向的(pro-social)行動の間の関係がきわめて明確になってくる

・多くの人が多くの人が宗教は利他的行為を促進するものだと提起してきた
・実際にほとんどすべての宗教は利他的行為を薦める教義をもっている

・社会科学ではたとえば社会学者のデュルケームが「宗教は社会的集団の凝集性を高めるもの」と提起したが思弁的なお話で実証性に乏しい

・宗教は集団の適応度を高める存在だったという説明が可能
・でもこのように説明してしまうと宗教の多様性と宗教信念が歴史的に変容してきたことを説明できない

・別の2つの進化的な説明を加えれば文化的多様性の問題を解決できる

1.宗教は更新世に他の目的のために進化した(たとえば他者の心や集団内での自分の評判を検知し推論したりする)心理的傾向の副産物だったのだという説明
この心理的傾向と両立可能な宗教信念は文化的に広まっていっただろう

(Gen註:これはまさに『表象は感染する』でダン・スペルベルが明らかにしようとしていた”唯物論的基盤”のひとつだぁね)

2.集団選択理論(group-selection theory)
社会集団間での競争があったために,たとえコストがかかったとしても,(社会集団間での競争上)適応度を高める文化的信念と習慣は流布していったのだろうという説明
これは,宗教は進化の副産物だが,「他者の心や集団内での自分の評判を検知し推論したりする心理的傾向」の副産物として宗教的傾向が進化したという説明だけでは不十分だとするもの

・集団レベルでは,内集団の協力性を高めるかぎりにおいて宗教的な信念は拡がっていった
・個人レベルでは,「他者の心や集団内での自分の評判を検知し推論したりする心理的傾向」との副産物として宗教的信念が育まれていった
・宗教的な行動や儀礼は,コストがかかればかかるほど,フリーライダーを排除し,集団内の結束力を高めることにつながる
・宗教的がもつ向社会的(pro-social)作用
→血縁者のつながりをベースにした互恵的利他主義が集団の大きさに課す限界を弱める働きをもった
→宗教が存在したために,集団の成員同士が遺伝的に関係ない規模の大きな集団でも安定することができた


もう一度説明しなおすよ

・人間の社会的評判に敏感な心理的傾向によって集団内で互恵的利他主義が成立した
・この心理的傾向は宗教とは関係なく(宗教が生まれる以前から)進化してきたもの
・「こいつは非協力的な自己中心的野郎だ」という評判を集団内で立てられて集団から排除されることを個人はなんとしても防ぐ必要があった
・(利得配分の)ゲーム実験を心理学的に行うと「匿名性が減ると向社会的行動の割合が増える」という傾向が繰り返し確認されるが,この実証的知見は上記の仮説を支持するもののひとつ
・誰かの顔写真がおいてある,あるいは眼の絵がおいてある,という状況を設定してやるだけでも向社会的行動の割合が増加する

神の知覚(超越的なものの知覚)

状況の匿名性が減る

他人が自分をどう見ているのかを気にする心理的傾向が発動

向社会的(道徳的)行動を取るようになる

成員がそれぞれ向社会的行動を取った集団は,そうではなかった集団よりも適応的だった(長く残存することができた)

∴宗教は進化した

もし上記の説明が妥当であるならば,以下の4つの仮説を経験的証拠により実証しなければならない

1.宗教的献身は他者の評判を気にする心理的傾向とたしかに関連しているかどうか
2.宗教的なシチュエーションは向社会的行動をたしかに促進するかどうか
3.集団内部の,あるいは集団外部の脅威の度合いが高いときには,宗教的な集団の方が世俗的な集団よりも生き延びやすかったかどうか(歴史的検証)
4.高いレベルでの協力的な規範を安定化することに成功してきた大きな社会集団は,小さなそれよりも,人間の相互作用を積極的に監視する神という道徳的な観念を信じてきたかどうか

・高い宗教心を持つ人は実際により利他的な行動を取るかどうか
社会学の調査はこれを裏付けている(より頻繁に祈ったり宗教的な儀式に参加する人は,より寄付をしよりボランティアに参加するというデータがある)
・これは何度も確証されている(収入・結婚・政治思想・教育水準・年齢・性別などを統計的に統制したあとでもこの傾向が確認される)
・しかし問題点もある.それは自己報告式の調査ばかりだというのが問題(社会的に望ましい行動を報告するときは印象操作の側面が絡んでくる)
・そこで心理学的な(実験的な)研究をreviewしてみた
・たしかに宗教に関する因子は社会的に望ましい行動と正の相関
・ただし匿名的な実験状況を設定してやると助けを申し出た人の数に有意差なし
・”Studies repeatedly indicate that the association between conventional religiosity and prosociality occurs primarily when a reputation-related egoistic motivation has been activated"
・無意識的に神の観念を想起させるとダマシが減るという実験は追試でも確認された(死んだ生徒のゴーストが実験室にいるんだよと言われるとダマシ行為が減った)
・「超自然的な存在があなたを監視してるよ」といわれた子供は,空けるなと言われ置いていかれた箱を明けてしまう頻度が有意に少なかった

・集団が大きくなる→相互に評判を監視しあうインセンティブが弱くなる→宗教はその隙間を埋め,安定的な協力を助けた
・もしそうであるならば,神の想起は,不正行為を減らすだけではなく,見知らぬ他者への寛容さも増加させるはず
・この仮説は経済実験(Dictator Game)によって実証された
・無意識的に神の観念を想起させると,匿名の他者の間でも,寛大さが大いに増加した

この事実に対していくつかの解釈が可能
1.神の想起→状況の匿名性が減り,評判への関心が高まった
2.神の想起と利他性の想起は認知的に結びついている(are cognitively associated)
さらなる実験が必要

・とにかく,宗教心を持っているかどうかの自己報告はあてにならない(これまで何度も確認されてきたように)
・調査研究や質問紙法ではなく無意識的/行動観察的な実験が必要.

・「宗教を信じている」という自己報告はコストなしにいくらでもフェイクすることができるため,進化的な淘汰圧は,コストのかかるカタチでの宗教へのコミットメントを好んできたはず(儀式への参加,食事制限etc)
・この事態をあらわす数式的なモデルはまだ未熟なものだが,経験的な証拠は徐々に集まりつつある

・宗教的に信心深い人はより信頼できるしより協力的だと見なされる,という報告がある
・アフリカへのイスラム教の浸透は,貿易に先立っていた→上の説を補強する民族誌的証拠
・宗教への深いコミットメント→モニタリングコストを下げるし協力を高める(地理的・民族的な境界線を越えて)
・別の解釈もありうるが,質的ではなく量的な調査が必要

・19世紀アメリカで,83つの世俗的集団あるいは宗教的集団,どちらが長生きしたのかに対する研究
・宗教的集団の方がより長く持続した

・religious commune longevity

・数々のコストのかかる習慣を持っていた集団はより長く生き延びた
・宗教的なイデオロギーのちがいは集団がどれだけ持続するかに影響を与えていない
・”religious ideology was no longer a predictor of commune longevity, once the number of costly requirements was statistically controlled, which suggests that the survival advantage of religious communes was due to the greater costly commitment of their members, rather than other aspects of religious ideology.”

・集団間競争に駆動された進化は大きな社会集団を好んできた
・しかし,大きな社会集団を束ねるメカニズムが近年まで明らかになっていなかった(タダ乗り野郎を排除するメカニズムが)
・もし神の観念がタダ乗りを防ぐのだとしたら,大きな集団においてより神の観念が確認されるはず

★まとめ★

・世界中の多くの宗教は無償の愛を推奨している
・道徳的な神の想起→匿名的な状況がノンアノニマスになる→評判気にするマインドの喚起→利他的行動

・でも大きな集団での成員間の向社会的行動の傾向を高めるものとして宗教が唯一ではないだろう
・世俗的な信頼できる制度の普及(司法・警察・契約遵守の保証する仕組みetc)はごく最近生じたものだが,人間の向社会性を大きく変えてきた
・したがって,現代社会では,宗教を信じている者と同じように,ある世俗的な信頼できる制度を担う成員は,他者に対して同程度に向社会的なのかもしれない
・実験的に世俗的な道徳的権威(UNICEFとか?)を想起させると,economic gameにおいて,神と同様に,他者への寛大な行動を引き出す効果を持った


・もちろん別解釈の可能性も残されてはいるが,いろんな分野から集まってきたデータが一点に収束し始めているかのように見えるとは言える。

・宗教的行為に伴うコストを数値化して研究する必要あり