リベラリスト、リバタリアン、宗教左派、保守主義者の5つの認知的道徳的基盤 in USA

 試みとしては好きです。いくつかメモ。


Haidt, J., Graham, J., & Joseph, C. (2009). Above and Below Left–Right: Ideological Narratives and Moral Foundations. Psychological Inquiry: An International Journal for the Advancement of Psychological Theory, 20(2), 110 - 119.


イデオロギーの科学的研究は3レベルに分けられる


レベル1:傾向的特性(dispositional traits) - イデオロギーを支えるもっとも低次な認知的要素であり、文脈から影響を受けにくい。たとえばパーソナリティ特性のBig5、disgust sensitivityなど。
レベル2:特徴的適応(characteristic adaptations) - イデオロギーを支えるレベル1よりは高次な認知的要素であり、文脈や条件などに影響を受ける。values, goals, attatchment styles, defense mechanisms(価値、目的、愛着スタイル、防衛機制)など。
レベル3:ライフストーリー - 個人が自らのイデオロギーをどう認知しどう語るのかについての次元(なぜそのイデオロギーを持つに至ったのか、そのイデオロギーはどのようなものか、自分はどう関わっているか、についての語り)。


・レベル1の認知的要素は、実験的な操作によって影響を受けにくい。したがって、それは独立変数としては用いられない。他方、レベル2の認知的要素は、実験的な操作によって影響を受ける。したがって、それは独立変数や従属変数両者として用いられる。
・レベル3のライフストーリーもある個人のイデオロギー(の認知やそれに基づく行動)に影響を与えるという意味において行動科学の研究対象となるべき(トラウマ的経験について物語を語ると記憶が適応的に書き換えら健康に良い影響が出るという研究結果(Pennebaker, 2000)を参照


イデオロギーの心理学的研究は花盛り


・レベル1とレベル2についての研究は進んでいる(Braithwaite, 1998; Jost et al., 2003; Sibley & Duckitt, 2008)
・たとえばレベル1の研究とは、パーソナリティ特性とイデオロギー嗜好との関係を調べた研究。Big Fiveにおける「経験への開放性」スコアが高い人はリベラルな価値観を持ちやすい(相関している)(Jost et al., 2003)
・しかし、レベル3についてのイデオロギー研究はほとんど進んでいない(例外はHammack, 2008; Jensen, 1998)
・本論文では、筆者(Haidt)お得意のMoral Foundation Theory※とイデオロギーについてのライフヒストリー研究(レベル3)を結びつけてみせるよ。


※人々の倫理的思考や道徳的価値観を支える5つの認知的基盤があるとする仮説的理論。若干不正確ながらも以下と下表を参照 http://plaisir.genxx.com/?p=187



■Moral Foundation Theory(以下MFTと略記;道徳的基盤理論)について注釈をいくつか


・5つの道徳的基盤は味の受容器(甘みの受容器、苦みの受容器etc)のようなもの。誰もが5つの受容器をもっている。しかし、道徳的な料理法(cuisines)は世界中で異なっている。
・世界中のさまざまな文化は、種々の方法で5つの基盤の上に独自の(道徳的)文化(価値、規範、美徳、悪、制度、宗教etc...)を打ち立てている。
・5つの道徳的基盤をオーディオのイコライザーの5つのスライドスイッチみたいなものだと想定してみよう。各スイッチが11段階調節可能だとすれば、理論的には161,051通りの道徳的パターンがありうることになる。


・5つの道徳的基盤を測定するための質問紙(心理測定尺度)はちゃんと作ったよ(MFQ)
Graham, J., Haidt, J., Nosek, B., Iyer, R., Koleva, S., & Ditto, P. (2010). Mapping the moral domain. Manuscript submitted for publication.
・5つの道徳的基盤自体はさきほどのイデオロギーの3レベル分類でいえばレベル2に相当する。
・しかしわたしたちのイデオロギー体験を十全に明らかにするには、3つのレベルすべてでの研究が必要。


■今回の研究では


・Webを使ってアメリカ合衆国在住の実験参加者のみから約25,000人分のデータを集めてMFQ(5つの道徳的基盤を測定するための質問項目)をやらせた。
・目的は、MFQのスコアに基づいて実験参加者をいくつかのクラスターに分類し、その後、それぞれのクラスターをさまざまな要素(たとえば人口統計的要素、パーソナリティのBig Five, 他のイデオロギー尺度など)によって特徴付けることだった。
・つまりクラスター分析にかけた。
・結果のグラフを以下に示す。


■どういう結果か


・早い話が、25000人のデータから約4つのクラスターが抽出された。
・グラフの縦軸はMFQ(5つの道徳的基盤を測定する質問項目)のスコアを、横軸は4つのクラスターを、各グラフの棒線はHが「Harm/Care」という道徳的基盤を、Fが「Fairness/Reciprocity」という道徳的基盤を、Iが「Ingroup/Royalty」という道徳的基盤を、Aが「Authority/Respect」という道徳的基盤を、Pが「Purity/Sanctity」という道徳的基盤をあらわしている。
・抽出された4つのクラスターは、他の質問項目との関連から、以下のように(研究者によって)ラベル付け(命名)された。
・Secular liverals(世俗的リベラル主義者)、Libertarians(リバタリアン)、Religious Left(宗教左派)、Conservatives(保守主義者)。


・上のグラフが示しているのは、それぞれ左から、リベラリストリバタリアン、宗教左派、保守主義者が、それぞれ5つの道徳的基盤スコアにおいてどれくらい得点したのか、ということ。
リベラリストは、Harm/CareとFairness/Reciprocityを重視するけれど、Ingroup/Royalty、Authority/Respect、Purity/Sanctityを軽視する傾向がある。つまり、他者を害することを拒むこと、他者を助けること、他者を公正に扱うことを重視するけれど、内集団への忠誠心とか、権威への尊敬だとか、神聖なるものの神聖さを保つことへの配慮に欠けている。これは以前ブログに書いた先行研究と一致する結果。
保守主義者は、Harm/Care、Fairness/Reciprocity、Ingroup/Royalty、Authority/Respect、Purity/Sanctityすべてを等しくバランス良く重視する傾向がある。ただし、リベラリストや宗教左派と比較すると、Harm/Care、Fairness/Reciprocityの得点ががくっと落ちている。つまり、他者を害することを拒むこと、他者を助けること、他者を公正に扱うことを、リベラリストよりも相対的に重視しない。これらも先行研究と一致したデータだ。


■面白いのはここから


・今回の研究が面白いのは、リベラリスト←→保守主義者という従来の右左の軸を超えて、新たにリバタリアンと宗教左派というクラスターを抽出したところ。
リバタリアンは、Ingroup/Royalty、Authority/Respect、Purity/Sanctityを重視しないという点においてはリベラリストに似ている。しかし、Harm/Care、Fairness/Reciprocityをどれだけ重視するかという点においては、保守主義者とほぼ同じ傾向を示した(!)。
・つまり、リバタリアンは、他者を害することを拒むこと、他者を助けること、他者を公正に扱うことを(リベラリストと比較した場合相対的に)重視しないという点においては保守主義者と同じである。しかし、内集団への忠誠心とか、権威への尊敬だとか、神聖なるものの神聖さを保つことへの配慮に(保守主義者と比較した場合相対的に)欠けているという点においてはリベラリストと同じなのである。
・他方、宗教左派は、Harm/Care、Fairness/Reciprocityを重視するという点においてはリベラリストに似ている。しかし、Ingroup/Royalty、Authority/Respect、Purity/Sanctityをも高い水準で重視するという意味においては、保守主義者に似ているという傾向を示した(!)。
・つまり、宗教左派は、他者を害することを拒むこと、他者を助けること、他者を公正に扱うことを(保守主義者と比較した場合相対的に)重視するという点においてはリベラリストと同じである。しかし、内集団への忠誠心とか、権威への尊敬だとか、神聖なるものの神聖さを保つことへの配慮を(リベラリストと比較した場合相対的に)重視するという点においては保守主義者と同じなのである。


■続いて、レベル3のイデオロギーについての物語的な語り(ライフストーリー)とMFTの絡みについて書かれているが、以下略。