【現在】の正しさと【過去】の正しさ

【ドキュメンタリー】特殊メイクで白人⇔黒人の顔を交換して生活
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2024350

 これはアメリカの番組。白人の一家が特殊メイクによって全員黒人に変身し、逆に、黒人一家が特殊メイクによって全員白人に変身する。そしてお互いがひとつの家に数週間のあいだ一緒に暮らし、それぞれが社会的生活を営んで、「黒人とはなにか」「白人とはなにか」「差別はいまでもあるのか」などなど、感じたことを語り合っていこうとする企画。気楽な番組だけれども、わりと面白い。ニコニコのコメント形式で字幕が付いているが、コメントを消して、リスニングの練習をしても楽しいと思う(CNNとかお堅いものを聞くよりも、楽しい番組を観てリスニングを勉強するのが一番だと思う/少なくとも自分はそうしている)。

 こんな場面がある。白人に扮した黒人のパパと、黒人に扮した白人のパパが、一緒に街の通りを歩いている。目の前から白人の通行人が歩いてくる。その白人の通行人は、2人をスッと避ける。それを見て、白人に扮した黒人のパパは、このような趣旨のことを言う。
「あぁ、まただ。白人はいつだって黒人のことを避けるのさ。いいかげん、あなたにもそのことがわかってきただろう」
 それに応じて、黒人に扮した白人のパパは言う。
「いや、なにを勘違いしているんだ。彼らはただ単に道を空けてくれただけさ。なぜいつも君は相手の中に差別意識を見出そうとするんだ。君は<差別>を必死になって発見しようとしている。だからいつも「差別されている」と感じるのさ。いろんな人がいる。誠実な人もいれば、醜い人もいる。なぜ「白人だから○○」と決めつけるんだ。個人個人をきちっと見ていこうじゃないか」
 再び、白人に扮した黒人のパパが応じる。
「ほんとに君と喋っているとイライラさせられる。なぜわからないんだ。君は白人の中にある差別意識を見たくないだけなんだ。差別など存在しないと思い込みたいから、黒人の姿をした自分が経験したことを直視しようとしないんだ」

 そして鑑賞者である自分は、「どちらの言い分もわかるよなぁ」と、ため息をつく。

1.もし【今現在】しか存在しないのであれば、おそらく白人のパパの言い分が正しい。相手の些細な行動にまで「差別意識」を発見し、相手に改心を迫るような行動は、まったくもって生産的じゃない。
2.しかし、黒人は【過去】の差別されてきた記憶を抱えている。今現在の現実認識が過去の記憶に引きずられてしまうのは、ムリもない。過去に差別された記憶があるから、黒人はつねに警戒し続けるし、相手の些細な行動にまで敏感になり「差別意識」を発見してしまう。
3.白人のパパは「【今現在】を直視しようよ」と黒人のパパに訴えかけている。これは正しい。一方、黒人のパパは「【過去】を決して忘れないでくれ。【過去】に対して繊細な想像力を働かせてくれ」と白人のパパに訴えかけている。これも正しい。

 どちらも正しいことを言っている。だからこそ、絶望的にコミュニケーションがすれ違ってしまう。白人のパパは差別された過去の記憶を持っていない。一方、黒人のパパは差別された記憶を抜きにして現在を直視することができない。【今現在により良く対処するための方法】という点では、白人のパパに軍配が上がる。だから、白人のパパは黒人のパパに対して苛立ちを見せる。しかし、【過去を直視した現在の認識】という点では、黒人のパパに軍配が上がる。だから黒人のパパは白人のパパに対して苛立ちを見せる。

 これって、<白人/黒人>に限らず、多くのケースに確認される構造だと思う。どちらも正当な理由に基づいて、しかし全くすれ違ってしまう事が、結構あるはずだ。もし【現在】と【未来】しか存在しないのであれば、世界中の諍いや殺し合いは感動的なほど減少するだろう。しかし、人間は、それぞれの【過去】を抱えている。【過去】が【現在】に大きな影を落とし、【現在】が絶望的に曇り始める。

 自分にできるのは、そのような構造をただただ凝視し続けることだけだ。